こゆるぎじんじゃ
小動神社
(腰越)
絶景に魅了された武士によって建てられた神社
小動神社は、源頼朝の重臣・佐々木盛綱が創建した神社。1185年に源平合戦の勝利の神恩報賽として、盛綱の故郷である近江の八王子宮を勧請し八王子社と名付け、建速須佐之男命・建御名方神・日本武命を祭神として祀った。鎌倉幕府討幕の立役者である新田義貞もこの社に戦勝祈願をしており、鎌倉攻めの成功の際は刀と黄金を寄進している。浄泉寺を別当としており、1868年に神仏分離令が出された際には現在の「小動神社」へと改称したが、1917年頃までは浄泉寺の管理が続いたといわれている。盛綱はこの地の眺望に魅了されて社を建てたと伝わっており、現在でも境内の奥の展望スペースからは、小動岬の先端や江の島、腰越漁港などの絶景を望める。